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スーツ

格好つけるにしろなんにしろ、着なけりゃはじまらない。

  1. スーツとは

  2. ​ジャケットとトラウザーズの調和

  3. どのようなサイズを選ぶべきか

  4. ジャケットに関する諸々―本切羽は必要か

  5. コージラインとラペル

  6. ベント フロントカット

  7. ポケット

  8. 袖の長さ

  9. トラウザーズに関する諸々―裾の長さ

  10. 裾はシングルか、ダブルか

  11. プリーツ(タック)はどうするか

  12. ベルトループは

  13. ポケットは縦か斜めか

  14. ボタンフライの勧め

 

スーツとは

 スーツは元々ラウンジスーツが発祥である。ラウンジスーツとは貴族が寛ぐために着ていた服である。今でこそスーツはフォーマルであるが、生まれた当初はカジュアルであった。


 ではなぜ、カジュアルであったスーツがフォーマルになったのかと疑問に思うだろう。わたしの持論を申し上げると、スーツは今もフォーマルではない。だからこそ、閣僚が就任するときはモーニングであるし、ホワイトタイのドレスコードなどが存在する。結婚式の新郎はよく分からない派手なタキシードのようなものを着るし、日本には紋付き袴という正装がある。


 いや、でも会社にはスーツを着て行くではないか、と思われるかも知れないが、スーツは元々貴族の普段着である。朝の通勤ラッシュを思い浮かべて欲しい。あんなにたくさん貴族がいるものか?


 つまり、スーツはなんとなくフォーマルっぽい雰囲気の出る恥ずかしくない服装という程度で、フォーマルととらえてしまうと、スーツというものを考える上で齟齬が生じてしまう。


 もともとスーツはジャケット、ウエストコート、トラウザーズの三つ揃えであった。なのに、まずウエストコートが廃れ、暑いからという理由でネクタイは外され、最近ではジャケットすら着てない人も多い。


 つまり、職業上必要として着ているスーツは、相手に対して失礼にならないという理由で着ているのであって、失礼に当たらないという感覚が共有されていれば、何を着ていてもいいのである。まさにこの部分がスーツを小難しくしているのだ。ホワイトタイや制服ならば、それを着ればいいだけなので簡単である。


 こう考えると分かりやすいかも知れない。スーツにも種類があると。G7や国連のような改まった場で着るスーツ。社長が富と権力を示すために着るスーツ。仕方なく会社に着ていくスーツ。


 結局、わたしがなにを言いたいかというと、スーツは自由であり、堅苦しく考える必要はない。スーツは楽しむものであり、実際に楽しいものだ。社会で間違いのないスーツが着たいならば、総論に書いたとおり濃紺のシャドーストライプを着ていればいい。それもいいが、人生で最も着ている時間が長いであろうスーツを自分の味方につけることが出来れば、なおのことよいのではなかろうか。

ふらんすへ行きたしと思うへども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
気ままなる旅にいでてみん
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
うら若草のもえいづる心にまかせて

 萩原朔太郎の旅上である。


 このスーツのイメージがわたしは好きだ。この背広に義務感は全くない。かわりに、自由と希望があふれている。おそらく、この背広はネイビーの梳毛ではあるまい。季節は春。淡い色の紡毛か、麻、もしくはコットン。


 旅行なら、なにもスーツでなくとも、ジャケパンでいいのではないか? と思われるかも知れない。もちろん、ジャケパンでも結構。ジャケパンという選択肢があるように、スーツという選択肢があるとわたしは思っている。

 

ジャケットとトラウザーズの調和

 最近聞かないがB系ファッションというものがある。R&B、ヒップホップ系のファッションである。彼らは二人入れるのではないかというくらい、ツーサイズもスリーサイズも大きい服を着る。彼らはブレスレット、ネックレス、靴、など全てルーズフィットのものを選択する。


 逆に、タイトフィットなファッションも存在し、今の主流はタイトフィットだろう。


 なにが言いたいのかというと、B系にしろ、タイトフィットにしろ、トップス、ボトムス、その他アイテム、全体の調和を図っているということである。ラペルが太ければタイも太いもの。裾が細いトラウザーズにコバの張ったアメリカンシューズはいかがなものか。


 スーツもまさに同じで、全体の調和がとれていてこそ格好いい。プレタポルテ(既製服)ならば、その辺は計算されているだろう。


 以前、パターンオーダーをしたときのことだ。わたしはワンプリーツ(ワンタック)のトラウザーズが欲しかった。店員にその旨を注文すると、「それではジャケットとのバランスが悪いからノープリーツにしろ」という。たしかに、ジャケットは若干タイト目を選んでいた。このくらいの差は問題なかろう、と思っていたが、店員は執拗にノータックを勧めてきて、ワンサイズ上のトラウザーズまで試す始末。ヒップがよれよれである。「これはわたしの拘りなので」と諦めてもらったが、今思い返すと、ジャケットをもう少しゆったりさせればよかったかなとも思う。というか、あの時は店員もわたしもジャケットを変えるという発想が浮かばなかったから不思議である。(これは後から業界のものに聞いた話しであるが、パターンオーダーの店員が執拗にノープリーツを勧める理由は、プリーツ入りのゲージ服がないからかもしれない、と。)

 

 ジャケットのサイズを決めて、それからトラウザーズのサイズを決める、もしくは、その逆も過ちで、この二つは密接に連動しているのだから、それらを調和させて決定せねばならない。もっと言わせてもらえば、すべてのパーツは連動しているのである。

どのようなサイズを選ぶべきか

 一昔前のスーツはデフォルトで緩かったが、最近のスーツはキツキツだ。わたしはキツキツのスーツにまったく魅力を感じない。わたしが好きなスタイルはクラッシックで、もっと具体的に言うと、ウィンザー公、ルチアーノ・バルベラ、落合正勝、赤峰幸生。彼らは優雅な、ゆったりとドレープの効いた装いを見習いたい。


 最近のスーツはタイト目が多い。たしかに、見た目がすっきりするのは分かる。だが、そのために一日中苦痛を味わうのはいかがなものか。プレタで気をつけなければならないのは、ジャストサイズがタイト目であるために、苦しさを感じてワンサイズ上を選んでしまうことである。元も子もない。ならば、最初からジャストサイズで各部にゆとりをもったスーツを選ぶなり作るなりすることが正解である。


 ラペルが細いスーツはタイト目なスーツである。ノープリーツもタイトである。ラペルの幅は8cm以上。プリーツが入っているならばタイトすぎるということはないだろう。ツープリーツのスーツがあったら、それはかなりゆとりをもって作られていると考えていい。


 この辺の細かい注文は、プレタよりもオーダーに分がある。プレタだとA4が少しきついとなれば、A5かAB4しか選択肢がない。パターンオーダーなどでも必要な部分だけ大きくしてもらえるから。

 

ジャケットに関する諸々―本切羽は必要か

 難しい問題である。なぜなら、切羽のボタンを外すことはまずないからである。喩えて言うならば、五月人形の刀が真剣か竹光か。どちらでもいい。でも、本身なら本身で自慢できる。いや、自慢すること自体が卑しいから、まっとうな人間なら自慢しないのだろうが、だとすると、なおさら本身にする意味がわからない。


 もともとスーツの袖ボタンは飾りである。ナポレオンが袖口で鼻水を拭けないように付けたという説もある。フロントボタンも一番下は飾りである。ボタンはその歴史的観点からも飾りの要素が強いのだ。


 総論で切羽はどちらでもいいと書いたが、余裕があるなら本切羽の方がいい。いくつか理由がある。突然、腕をまくらなければならない状況になったとき、ボタンを開けて腕をまくれる。袖に重みがでるので、袖がすとんと落ちる。本切羽こそいいスーツだと思っている人をだませる。ボタンをいくつか外すなど、お洒落っぽいことが出来る。


 逆に偽切羽も利点がある。安い。変に気を遣う必要がない。軽い。


 わたしは本切羽を全て留めて着ている。もしくは、酔っ払ってだらしない格好をするときに全部外すかである。一つだけ外すとかは、いかにも本切羽でありんす、と喧伝しているようで趣味ではない。袖口に一番近いボタンを一つだけ外している人は多い。まれに、袖口から二番目とか三番目とかを一つだけ外している人もいる。悪いがボタンが取れているようにしか見えない。


 ボタンの数は4つが一般的である。キッシングといって、ボタンとボタンが重なっているものもある。わたしは気分で3つにしたりする。2つだとジャケットという気分がしない。5つ以上はお洒落ではなくシャレである。

 

コージラインとラペル

 ラペルの幅が広いとそれはゆったりめのスーツであり、細いとタイトなスーツである。コージラインが低いスーツはゆったりめであり、高いとタイトである。コージラインの角度も重要で水平に近い物がタイトで垂直に近いものがゆったり。


 このラペルの幅やコージラインの高低は年中行ったり来たりしている。なかなか、ここだという高さはないが、高すぎない、低すぎないスーツを選ぶべきである。


 ただ、パターンオーダーでは選ぶといっても、ラペルの幅程度で高さや角度は選べない。なら、ビスポークで好きな高さと角度を選ぶかといえば、せっかくのビスポークなら、テイラーがよかれと思う形にしてもらいたい。


 なので結局、極端に細いのを避ける、これくらいしか現実的なアドバイスは出来ない。具体的にはシングルで8センチ以上である。


 シングルのスーツにはノッチドラペル。シングルにピークドラペルを付けるのは意表を突くやり方である。ダブルはピークド。フィッシュマウス、などという、ノッチドとピークドの中間もある。

ベント フロントカット

 センターベントがクラッシックというが、タキシードなどはノーベントである。これも、好きに選んでいいのではなかろうか。無難なのはセンターベントだ。ノーベントのスーツはある意味チャレンジャーである。フックベントはアメリカンである。


 シングルはラウンド。ダブルはスクエアと決まっている。しかし、シングルの場合、ラウンドの大きさによってスーツの印象は変わる。この辺りも全体のバランスを見てやるしかない。

ポケット

 スーツの場合ポケットは、セットインポケットである。ジャケパンのジャケットはパッチポケット(アウトポケット)というのが一応のセオリーである。しかし、スーツでも、ツイードやコーディロイなどの素材感があるものはパッチポケットもいい。梳毛のスーパー160とかでパッチポケットはあまり見ない。


 ウエストポケットはスラントといって角度を付けることが可能だ。またチェンジポケットといって、右ポケットの上に小さなポケットを付けることも出来る。目線を上に持っていき足長効果があるといわれている。


 ポケットのフラップは埃よけのために付いているので、野外では被せ、屋内では仕舞う。


 胸ポケットはバルカポケットといって胸の形に添った、少し湾曲したポケットが選べる場合がある。胸ポケットの高さ、幅はまちまちである。時代やモノよってかなり異なる。

 

袖の長さ

 スーツのサイズで最も留意すべきなのは、袖丈である。着丈、ラペルの幅、コージラインの高さ、などは流行に左右されるし、ブランドごとのデザインがあるだろう。ただ、袖丈はその人にとって絶妙な長さが決まっている。長すぎず、短すぎず、その絶妙の長さを出すには、直しが必要である。レディメイド(既製服)を買うときは、袖丈の長さをまず疑うべきである。だいたい長めに作ってある。


 試着したとき、いいかげんな定員は、「大丈夫です」と言うはずだ。良心的な定員なら、「悪くはないですね」と言うだろう。悪くないと言われたときは、どこが良くないか確認しなければならない。


 ワイシャツの項で書いたジャストサイズのワイシャツを着ていき、定員にこう告げるべきだ。


「立ったときにワイシャツの袖が5mmから1cmほど覗くようにして下さい」


 ただ、このとき気をつけなければいけないのは、袖口と袖ボタンの位置である。袖口とボタンが2cmしか離れいないのに、1.5cmも詰めてしまってはみっともない。そのスーツは諦めるべきだ。高級プレタポルテの袖にボタンが付いていないのは、客の腕の長さに合わせるためである。


 立ったときに袖からワイシャツが1cm覗く長さは、座ったときに袖が短く感じるはずだ。しかし、スーツとはそういうものである。

 

トラウザーズに関する諸々―裾の長さ

 裾の長さは大きく分けてワンクッション、ハーフクッション、ノークッションの三種類である。ワンクッションというのは、裾が靴にかかって少し折れる。ハーフクッションは裾が靴に触れる程度。ノークッションは裾が靴に触れない長さ。


 ここでも調和が大切で、ワンクッションにしながら、つんつるてんでピチピチの着丈だったり、ノークッションでいながら、裾幅も広く全体的にだぼっとしていたらバランスが悪い。


 大体ノークッション、もしくはそれ以上短い人はオシャレでわざと短くしている場合が多い。問題は長い人で、スリークッションくらい裾がダボついている場合がある。その理由は採寸の時はしっかりとズボンを上げて計るのに、履く段になり腰まで落として履くのでダボダボになってしまう。
 この前の店員はわたしがしっかりウエストまで上げて採寸してもらおうとすると、「普段履く位置まで落として下さい」と言うので、「普段この位置です」と答えなければならなかった。


 トラウザーズは言うまでもなくウエストで履かなければならず、ジャストサイズのものならば、ヒップを包み込むようにしてウエストで止めるのでずり落ちてくることはない。スーツの腰パンほどみっともないものはない。是非ともウエスト位置で採寸し、ワンクッションかハーフクッションにしてもらいたい。

 

裾はシングルか、ダブルか

 正式には裾を折り返すダブルのことをTurn upという。折り返さないシングルのことをPlane Bottomsという。「プレーンボトムで」と店で注文してわかるかという問題もあるので、シングル、ダブル、と表記する。


 ダブルはお洒落である。また、折り返す広さによってもその印象はかなり変わる。どうせ折り返すなら5センチくらい返したい。折り返しを留めるのは糸留めかスナップか。どちらも一長一短だ。ダンディズムに特化するならば、糸留め一択である。ちなみに、3.8mm折り返す場合があるが、これは三分の二インチということだ。5センチは2インチということである。

 総論でシングルを勧めたのは、こういった煩雑さがないからである。悩まなくてすむ。

 

プリーツ(タック)はどうするか

 トラウザーズの前立ての両脇に付いている襞のことを正式にはプリーツ(pleat)という。ときどきプリーツは複数形だからと、ノープリート、ワンプリートという御仁がいるが、pleatの発音はプリーツである。最後の「ツ」が掠れる感じだ。複数形はpleatsであり、ほとんど単数形と聞き分けられない。catも発音に近い表記をするならキャッツである。しかし、キャットという。ジャケットの背中の切れ目もベントではなくベンツと発音する。ベントは単数形と複数形を分けて使う習わしである。


 プリートは市民権を得ていないと考え、ここでの表記は単数も複数もプリーツで統一したい。


 プリーツは大きく分けて、ノープリーツ(プレーンフロント。またはノータック)、ワンプリーツ(シングルプリーツ。またはワンタック)、ツープリーツ(ダブルプリーツ、ツータック)の三種類がある。スリープリーツは女物などではあるらしいが、普通はお目にかかれない。


 で、このプリーツの折り返しの方向で、トラウザーズを履いたとき上から見て●を中央のボタンだとすると、


<●>となっているのがインプリーツ(イングリッシュプリーツ。フォワードプリーツ)。


>●<となっているのがアウトプリーツ(アメリカンプリーツ。リバースプリーツ)である。


 もちろん、トラウザーズが生まれたとき、プリーツはなかった。なので、もっともクラシックなトラウザーズの形は実はノープリーツである。しかし、その頃はクリースラインもなかったのである。


 結論を述べる。わたしのおすすめはワンプリーツだ。インでもアウトでも結構。理由はクリースラインである。クリースラインは一番内側のプリーツから伸びる。私見であるが、プリーツから、真っ直ぐに走るクリースラインが美しいし、美脚効果が上がる。ジャケットを脱がないからプリーツは関係ない、というのは、ジャケットを脱がないからワイシャツの背中が破れていても構わない、というのと同じではないか。。

 

ベルトループは

 最近のクラッシック回帰で、ベルトループなしのものが出回っている。ベルトをしないではトラウザーズがずり落ちるではないか、と思われるかも知れないが、ジャストサイズのトラウザーズならそういったことはない。


 もともと、ベルトはものを吊すためのもので、ズボンを縛るためのものではない。ズボンが落ちないようにするのにはブレイシーズ(サスペンダー)を使うのが正当である。ブレイシーズ用のボタンがついているものもある。


 ブカブカのズボンをベルトでキュッと締めるのは、日本に帯の文化があるからかもしれず、帯には絞めると吊すの二つの役目があるといって、ベルトにも帯と同じような機能を求めるのは誤りである。


 ウエストを絞るためにサイドやバックにアジャスターがついているものある。近年はこれが流行となっている。実用的な面からだけでなく、アクセントとしても面白い。


 とくにベストを着用する場合、ベルトレスがいい。ブレイシーズがベストにより完全に隠れるから。
 

ポケットは縦か斜めか

 トラウザーズの脇ポケットも斜めのものと垂直のものがある。斜めの方が使いやすいのは確かだろう。脇ポケットはプリーツのリズムの収束する場所、という考え方もある。


 ピスポケットもボタン付き、蓋付き、片方だけボタン、などなど、好みで選ぶ。元も子もないが、付けないというのも一つの手ではある。ピスポケットとはピストルポケットの略である。すくなくとも、今の日本の堅気で尻に拳銃を潜めている人はいないだろう。
 

ボタンフライの勧め

 もし、ボタンフライを持っていない人は、一度試してみて欲しい。チャックの方が楽なのは確かである。しかし、ボタンフライにはボタンフライの良さがあるのである。紳士になった気分というか、吊しではないものを着ている満足感や、ズボンを脱ぐのが面倒くさいので、食べ放題やドリンクバーで元を取ろうなどというせこい気持ちも抑制されるのである。


 服というのは自らをいろいろな意味で抑制してくれるし、その振る舞いを規定してくれる。紳士的な格好をすれば、立ち居振る舞いから言葉遣いまで紳士的にしようとする。逆にみんながTシャツ、ジーパンだったりすれば、それなりの開放感があるのもたしかだ。

アンカー 1
ジャケットと
どのような
ジャケットに関する
コージライン
ベント
ポケット
袖の長さ
トラウザーズ
裾はシングル
プリーツ
ベルトループ
ポケットは斜め
ボタンフライ
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